●ロバート・サム・アンソン「彼らは大統領を撃った―ケネディ暗殺の謀略を追う」角川書店 1976年

●トーマス・ブキャナン「誰がケネディを殺したか」 文芸春秋新社 1964年

●チャールズ・A・クレンショー「JFK謀殺―医師たちの沈黙」 早川書房 1992年

●ジョン・H・デイヴィス「マフィアとケネディ一族」 朝日新聞社 1994年

●ジム・ギャリソン「JFK―ケネディ暗殺犯を追え」 早川書房 1992年

●サム・ジアンカーナ「アメリカを葬った男」 光文社 1997年

●マーク・レーン「ケネディ暗殺の謎―オズワルド弁護人の反証」 徳間書店 1967年

●マーク・レーン「大がかりな嘘―だれがケネディを殺ったのか」 扶桑社 1992年

●ディヴィッド・S・リフトン「ベスト・エヴィデンス―ケネディ暗殺の虚実」 彩流社 1985年

●ウィリアム・マンチェスター「ある大統領の死」 恒文社 1967年

●クレイグ・I・ジーベル「テキサス・コネクション―JFK暗殺 ジョンソンの最も危険な賭け」 竹書房 1992年

●エドワード・J・エプスタイン「アメリカを撃った男―オズワルドの謎」 早川書房 1981年

●奥菜秀次「ケネディ暗殺 隠蔽と陰謀」 鹿砦社 2000年

●落合信彦「決定版 2039年の真実」 集英社 1999年

●カミーユ・ジル「パリの狙撃者―ケネディを狙ったもう一人の男J.ロメロの告白」 立風書房 1975年

●シリル・ウェクト「大統領の検屍官―JFKからプレスリーまで全米No1検屍官の極秘ファイル」

●ジョン・ニューマン「オズワルド―『ケネディ暗殺犯』と疑惑のCIAファイル」 阪急コミュニケーションズ 1997年

●柘植久慶「JFKを撃った男―テロリストの眼から暗殺のナゾを解く」 小学館 2000年

●土田 宏「ケネディ兄弟の光と影」 彩流社 1992年

●仲 晃「ケネディ暗殺事件―その背景と真実」 弘文堂 1964年

●仲 晃「ケネディはなぜ暗殺されたか」 日本放送出版協会(NHKブックス) 1995年

●桧山良昭「ケネディを撃った男たち―現代史の謎」 東京書籍 1993年

●布施泰和「ジョン・F・ケネディ暗殺の動機―今明らかになる神話と謎」 近代文芸社 2000年

●文藝春秋編「JFK暗殺の真実―ケネディ解剖医、28年間の沈黙を破る!」 文藝春秋 1992年

●土田 宏「秘密工作ケネディ暗殺―天国からのメッセージ」
彩流社 2003年

●シオドア・ソレンセン「ケネディの道―未来を拓いた大統領」 サイマル出版会 1987年

●オリヴァー・ストーン、ザカリー・スクラー「JFK―ケネディ暗殺の真相を追って」 テンプリント 1993年

●NHK取材班「NHKスペシャル 十月の悪夢―1962年キューバ危機・戦慄の記録」 日本放送出版協会 1992年

●ローズ・F・ケネディ「わが子ケネディ」 徳間書店 1984年

●松岡 完「1961ケネディの戦争―冷戦・ベトナム・東南アジア」 朝日新聞社 1999年

●P・サリンジャー「ケネディと共に」 鹿島研究所出版会 1966年

●A・M・シュレジンガー「ケネディ―栄光と苦悩の一千日」 河出書房新社 1971年

●ピーター・コリヤー 、デヴィッド・ホロウィッツ「ケネディ家の人びと」 草思社 1990年

●シオドア・C・ソレンセン「ケネディの遺産―未来を拓くために」 サイマル出版会 1970年

●マイケル・ベシュロス「危機の年―ケネディとフルシチョフの闘い」 飛鳥新社 1992年

●ロバート・D・モロー「ケネディ暗殺―アメリカに殺されたJFK」 原書房 1996年

●ボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン「大統領の陰謀―ニクソンを追いつめた300日」 文藝春秋 2005年

●H・R・ハルドマン「権力の終焉」 サンリオ 1978年

●ジョン・ディーン「陰謀の報酬―ニクソン前大統領顧問の告発」 読売新聞社 1978年

●ロナルド・ケスラー「汝の父の罪―呪われたケネディ王朝」 文藝春秋 1996年

●坂西志保「永遠の炎―ケネディ大統領の生涯と業績」 時事通信社 1964年

●長谷川 潔 訳「ケネディ大統領演説集」 南雲堂 2007年
~2009(平成21年)年6月22日(月)毎日新聞より~

先生としてのアメリカ

●小田 実「何でも見てやろう」 講談社文庫(1958年)
「豊かすぎるアメリカと、そうでない日本との差異、それが問題なのだ」

●安岡章太郎「アメリカ感情旅行」岩波新書(1960年)
「私は受け身のかたちでしか物を見なかった」

●吉田ルイ子「ハーレムの熱い日々―BLACK IS BEAUTIFUL」講談社文庫(1961年)
「自分が何であるか、五年以上住んだアメリカを離れて考えてみたくなった」


アメリカへの反発とコンプレックス

●江藤 淳「アメリカと私」講談社文芸文庫(1962年)
「外国人はしばらくこの国に住んでいるうちに、いつの間にか米国人になる道を歩まされている」

●山崎正和「このアメリカ」河出文庫(1964年)
「ほんとうにアメリカ人になりきるためには、ひとは終わりのない道を生涯歩かねばならない」

●石川 好「ストロベリー・ロード」文春文庫(1965年)
「アメリカの歴史とは、ある家族、ある血縁の興亡史なのではないだろうか」

●猿谷 要「遙かなアメリカ―ある歴史家の回想」実業之日本社(1966年)
「私はただアメリカのことを学びたかった。アメリカとはどんな国かを知りたかった」

●桐島洋子「淋しいアメリカ人」文春文庫(1968年)
「たまたま私が居合わせた角度から、そこで目に映ったものをしか語りようがないのが、アメリカという国」

●阿川尚之「アメリカが嫌いですか」新潮文庫(1971年)
「私は両親から夢の国アメリカのことを、繰り返し繰り返し聞いて育った」


知りたいことを見に行く

●藤原正彦「若き数学者のアメリカ」新潮文庫(1972年)
「真珠湾においては確かに日本が一方的に悪かったかも知れぬが、それなら広島、長崎はどうしてくれる」

●西部 邁「蜃気楼の中へ―遅ればせのアメリカ体験」中公文庫(1977年)
「日本という山とアメリカという山は同一の山系に隣り合って聳えている二つの山なのだ」

●司馬遼太郎「アメリカ素描」新潮文庫(1985年)
「世界史上、こういう国がかつて存在したことがなかった」

●藤原新也「アメリカ」集英社文庫(1989年)
「アメリカ資本主義は『いつ、誰が、どこでも、大量に、享受できる、気持ちのよい、擬似現実』であることによって世界を席巻した」


私の旅

●堤 未果「ルポ 貧困大国アメリカ」岩波新書(1990年)
「単にアメリカという国の格差・貧困問題を超えた、日本にとって決して他人事ではないこの流れが、いま海の向こうから警鐘を鳴らしている」

●村上春樹「やがて哀しき外国語」講談社文庫(1991年)
「アメリカに来てから日本という国について、あるいは日本語という言葉についてずいぶん真剣に、正面から向かい合って考えるようになった」

●有吉玉青「ニューヨーク空間」新潮文庫(1991年)
「そこへ行けば何とかなる、何かが開けていくような、そんな気がした」